パイロットウォッチと言われるジャンルには、多くの傑作がある。しかし、堅牢さと実用性を重視したIWCの「パイロット・ウォッチ」は、その中にあってひときわ異彩を放つ。ムーブメントも仕上げも大きく進化したが、基本的な構成は80年近くも不変。その魅力を改めてひもときたい。
1930年代に発表されたIWCの「パイロット・ウォッチ」が、今に続く個性を得たのは1943年の「マークX」からだ。防水性能と耐磁性能を向上させただけでなく、高い視認性に加えて、急激な減圧でも風防が外れないよう、ベゼルとミドルケースが一体化した2ピースケースとなった。モデルによって違いはあるが、IWCのパイロット・ウォッチは今なお、基本的にこの構成を守っている。
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IWCのパイロット・ウォッチは、基本的にねじ込み式の裏蓋と軟鉄製のインナーケースを持っている。理由は防水性と耐磁性を高めるため。そのためケースはどうしても大きくなってしまう。とりわけ、セラミックケースのモデルは、軟鉄製のインナーケースに加えて、裏蓋をねじ込むためのスティール製リングも内蔵するため、直径は45mm近くなった。
わざわざリングを追加するのは、セラミックケースに直接裏蓋をねじ込むと、簡単に欠けてしまうため。しかし、2023年の新しい「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41 トップガン」は、セラミックケースにもかかわらず、直径は41.9mmと小さくなった。
しかも、軟鉄製のインナーケースを省かずに、である。加えて防水性能も6気圧から10気圧に高められた。軽くて丈夫な上、小さくなって使い勝手が良くなったセラミックケースのパイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41 トップガンは、パイロット・ウォッチの完成形と言えるだろう。
長年ETAやセリタの改良版(グランジャンという)を使ってきたIWC。しかし、近年は自社製(または関連会社のヴァル フルリエと共同開発した)ムーブメントを使うようになった。パイロット・ウォッチも例外ではなく、パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41 トップガンが採用するのは自社製自動巻きクロノグラフのCal.69000系。Cal.ETA7750を置き換えるこのムーブメントは、部品の製造こそヴァル フルリエだが、基本設計はIWCによるものだ。
Cal.69000系の特徴は大きくふたつ。ひとつは、IWC激安自動巻きの巻き上げ効率が良くなったこと。そしてもうひとつは頑強さだ。IWCが長年パイロット・ウォッチに採用してきたのは、汎用ムーブメントとして知られるCal.ETA7750である。巻き上げは片方向巻き上げ。
対して自社製のCal.69000系では、爪を使ってゼンマイを巻き上げる、両方向巻き上げに変更された。これは腕の動きが小さくても良く巻き上がる上、摩耗にも強い。上級機のCal.89000系ほど凝った自動巻きではないが、ベーシックなクロノグラフとしては十分以上だ。
また、クロノグラフ機構を一枚の受けで支えることで、頑強さを増している。加えて、耐衝撃性も高い。Cal.ETA7750に同じく、クロノグラフをストップさせると、ブレーキレバーだけでなく、リセットハンマーがハートカムに当たるため、強いショックを受けても、クロノグラフ針はまずずれない。いかにもIWCらしい、丈夫で使い勝手に優れたムーブメントと言えるだろう。
クロノグラフに限らず、ベーシックな3針モデルにも優れたモデルは多い。定番の「マークXX」はもちろんだが、個人的なお勧めは、「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」だ。これはムーブメントを替えることで、傑作「ビッグ・パイロット・ウォッチ」のサイズを3mm縮めたモデル。見た目は典型的な航空時計だが、外装の質感が高く、ケースが薄いため、シチュエーションを問わず使える。
IWCのパイロット・ウォッチが人気を集める理由のひとつに、よくできた外装がある。今やケースも自製するメーカーは少なくないが、IWCは1980年代から自社で製造している。もともとはチタンケースを作るための試みだったが、内製化の強みを生かして、IWCはケースの質を高めてきた。好例がパイロット・ウォッチだ。
ベゼルとミドルケースを一体化させたパイロット・ウォッチは、ケースにポリッシュとサテンを混在させるのが難しい。普通は仕上げのためにベゼルを別部品にするが、決して2ピースケースの構造を変えないのは、いかにもIWCだ。高級時計然とした仕上げを与えるのは難しいが、IWCの熟練工たちは、ドレスウォッチのような仕上げをツールウォッチに加えることに成功した。
ビッグ・パイロット・ウォッチ 43が「推し」な理由のひとつは、ムーブメントである。完全自社製のCal.82000系は、爪で巻き上げるペラトン式の自動巻きを、頑強なベースムーブメントに重ねたもの。もともと巻き上げが良く、摩耗に強い自動巻きだが、爪などの重要な部品をセラミックスに替えることで、より長く使えるようになった。
また、ベースムーブメントにも、強い衝撃を受けても時間の狂いにくいフリースプラングテンプを採用する。つまり、頑強で高精度というIWCらしさが詰まったムーブメントなのである。筆者の個人的な意見を言うと、現行のIWCで最もIWCを感じさせるのは、Cal.89000系とCal.52000系、そしてこのCal.82000系だ。